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四万十川の漁具の収集



「イタドリの花が咲くとツガニ(モクズガニ)が下ってくる」という自然暦を四万十川流域で聞いたのは、かれこれ30年近く前のことです。「クズバの花が咲いたら、カニがくだってくる」と語る方も居ました。

イタドリは高知県では煮物や炒め物などさまざま食べ方で親しまれている山菜ですし、クズバも根からとるデンプンを団子などにして食べてきた身近な植物です。それらの花は、夏から初秋にかけて咲いて、産卵のためにツガニが川を下る時期と重なるので漁期の目安とされていました。 

平成9年(1997)企画展『四万十川 漁の民俗誌』の調査で、2年ほど足繁く四万十川に通いましたが、流域にお住まいのみなさんに、こうした自然暦をはじめ街では味わえないような川との豊かな付き合い方をたくさん教わりました。



展示をするために、漁具もたくさん集めました。四万十川は、津野町の不入山に源を発し、梼原川や黒尊川など300本以上の支流を合わせて四万十市の河口で太平洋にそそぐ、本流の長さが196kmある一級河川です。アユやアメゴ、ウナギやゴリなど魚ごとにさまざまな漁法があり、漁具も多種多様です。


身近な植物を素材にした手作りの漁具が多く、木の枝を束ねただけの柴漬けもあれば、竹ヒゴを何10本も削って編みあげるブッタイという漁具もあります。自分が作る場合はもちろんのこと、既製品を購入した場合も自分なりに改良し、網が破れると修理します。



また、漁具は魚の習性などに応じて適するものが使われます。漁のはじめと終わり頃でアメゴをとる毛針の色を変えるなど時期にもよれば、竹ヒゴを編んだ籠状のウナギ筌(ウエ)は瀬に浸け、板で作った箱状のウナギ筌は瀞(トロ)に浸けるなど場所にもよります。


当館は民俗資料をおよそ7万6千点収蔵していますが、その中には約5万点におよぶ民俗写真と約1万2千点の郷土玩具のコレクションがあり、それぞれ高知県の研究者と収集家の長年にわたる成果によるものです。

残りの約1万4千点が、開館準備期間に収集された資料や当館の前身の郷土文化会館から引き継いだ資料、および開館後に収集した資料であり、四万十川の漁具は能動的に収集した資料群のひとつでした。

どれだけ能動的かといえば、担当者は自家用車を軽四トラックに乗り換えて収集に臨みました。ウナギの生け簀(す)用の大きな籠やアユを捕るツキジャクリという長い漁具を運ぶのに、その軽トラを活用しました。

しかし、たくさん集めたといってもわずかに192点、その後担当した前述の二大コレクションには比べるべくもない数です。とはいえ、当時だったからこそ、まだ集められたとも言えます。

当館の四万十川の漁具は小さなコレクションですが、漁具を作った人や使った人が漁具について語ることを聞き書きし、漁具自体が語ることに目をこらして収集し、その成果で企画展を開催するという、当時としてはおおむね理想的な流れで形成されたと思います。

 四万十川は「日本最後の清流」として名を馳せ、昭和58年のNHK特集「土佐・四万十川~清流と魚と人と~」の放送などもあって、多くの人が観光に訪れてきました。景色が美しいだけでなく、「川は冷蔵庫の代わりで、いるだけアユをとってきよった」、「唇が紫になるばぁ、夏は一日、川におった」と語られるような川に近しい暮らしが四万十川の魅力です。四万十川の漁具は、川漁師や流域で楽しみに漁をしてきた人々の知恵と技の結晶であり、流域で営まれてきた暮らしの一端を物語るものです。

 


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